2025/09/27 20:05

烏龍茶には昔から「春水秋香」という言葉があります。春茶は内質が豊かで、秋茶は香りが高い。どちらにも良さがあります。しかし、武夷岩茶は「春は摘み、夏は摘まず、秋露茶は控える」という伝統を守り、基本的に春茶しか作りません。


「采春不采夏,少采秋露茶」 ― 春は摘み、夏は摘まず、秋の露茶はほとんど摘まないという意味)


なぜ武夷岩茶は秋茶を作らないのか。その理由を環境・工芸・労力の面から整理してみましょう。





1. 土壌と環境


武夷山は丹霞地形に属し、土壌は主に風化した砂礫岩、岩屑、腐植質から成り立っています。この土壌はミネラルが豊富である一方、肥力は強くなく、二度三度と連続して摘採する力を持ちません。春にしっかりと茶樹の力を注ぐことで、翌年も健全に育ちます。

秋の茶葉は気温が高い中で急速に成長するため、内質の沈殿が不十分で、春茶に比べるとどうしても薄くなります。そのため武夷茶人は、秋に無理して収穫せず、樹を休ませることを選びました。





2. 工芸と焙煎


武夷岩茶の真髄は「焙煎」にあります。「武夷の焙法は天下一」と称されるほどです。焙煎の本質は、豊かな内質を持つ茶葉を高温で酸化・熟成させ、香りと味を引き出すことにあります。

春茶は内質がしっかりしているため、焙煎に耐えられ、独特の「岩韻」が生まれます。対して秋茶は内質が薄く、焙煎すると中身が空洞化してしまい、香りも風味も十分に出ません。したがって、工芸の観点からも春茶こそが最適なのです。





3. 時間と労力


武夷岩茶は製茶に非常に時間と手間がかかります。一度春に摘んだ茶は、焙煎の工程を経て市場に出るまでにほぼ一年近くかかります。

特に焙煎では、7月から10月にかけて最低でも2回、多い場合は3回の焙煎を行います。ひと月に一度火を入れ、じっくりと仕上げるこの工程だけでも数か月を要します。つまり、春茶の加工が終わる頃には秋茶を作る余裕はなくなるのです。





4. 結論


総合的に考えると、武夷岩茶が春茶に集中するのは、土壌の特性、製茶工芸の要求、そして茶樹の生態を尊重した結果です。無理に秋茶を作らず、茶樹に休息を与えることで翌年も良質な春茶を得ることができます。

これは単に品質を守るためだけではなく、生態系と経済性の両立を考え抜いた最適解でもあるのです。


春だけを摘む ― それは自然への敬意であり、大自然からの最も豊かな贈り物を得るための知恵なのです。