2025/07/23 04:01
はじめに
武夷山の正岩茶、特に古井や牛欄坑などの核心山場で育まれた茶葉は、岩茶の中でも極めて高い評価を受けてきました。古くからの地形・気候条件に恵まれた限られた茶園から生まれるこのお茶は、年々その価値が高まる一方で、市場にはさまざまな名前を冠した商品も増え、真の背景が見えづらくなっています。
古井という山場がなぜこれほどまでに貴重とされているのか。その理由と、私たちがこの土地と共に歩んできた歴史をお伝えしたいと思います。
1.百年前──先祖たちの山開き
武夷山の正岩核心エリア「三坑両澗」、とりわけ慧苑坑の奥深くに位置する古井は、かつて交通も人の往来もほとんどなかった静かな山あいでした。私たちの先祖はこの険しい岩山を切り開き、一株一株、岩肌に茶樹を植え、土を守り、水を見極めながら、茶づくりに命をかけてきました。
古井の茶園は、現在に至るまで姚家、鄭家と私たち陳家の三家で大切に受け継がれてきた極めて小さなエリアです。霧が深く、日照と湿度のバランスに優れ、そこで育つ岩茶には特有の「岩骨花香」が宿ります。
2.人民公社の時代──失われなかった山との絆
1950年代から1980年代にかけての人民公社時代、私たちの茶園も一時的に集体化され、量産体制の中に組み込まれました。山場は“公のもの”とされ、個々の裁量で茶をつくることは難しくなりました。
しかし、たとえ制度が変わろうとも、私たちは山を離れることはありませんでした。畑を守り、木を守り、技を守り続けました。
1980年代の改革開放を経て、茶園は再び私たちの手に戻り、それぞれの家に代々伝わる山場が再配分されました。古井の山場も、元の三家に帰り、今日に至るまで受け継がれています。
3.売ることのできない土地
武夷山の正岩エリア、特に三坑両澗を含む自然保護区では、茶園の売買・転用は法的に厳しく制限されています。
一見、不自由に感じられるかもしれませんが、この制度こそが私たちの山場と伝統を守る重要な仕組みです。外部資本による乱開発を防ぎ、代々の茶人が山と共に生きることを可能にしています。
たとえば、古井の老叢水仙は数家あわせても年間で100kgに満たない年もあるほど、収量の限られた茶葉です。牛欄坑肉桂も同様に、核心区からの本物は年間1000㎏未満の様子。こうした希少性が、自然とその価値を高めています。
4.多様な流通と、伝えたいこと
近年、「古井」や「牛欄坑」の名を冠した商品が数多く市場に出回っています。しかし、本来このような量の茶が市場に出ることはありえません。
私たちは他者を批判するつもりはありません。各地で武夷岩茶の魅力を伝えようとされている多くの方々の努力に敬意を抱いています。ただ、その上でお伝えしたいのは、「どこで、誰が、どのように育てたか」という背景に目を向けていただきたい、ということです。
名前だけでなく、山の空気、土の香り、代々培われてきた技の積み重ね――そういったものが正岩茶の本質であり、私たちが守り続けてきたものです。
5.本物の正岩茶を見極めるには
-
価格と数量に注目
古井や牛欄坑などの核心山場から生まれる茶葉は、非常に収量が限られます。安価で大量に流通している場合は、まず背景を確認することが大切です。 -
生産者とのつながり
私たちのように、代々茶園を守ってきた家から直接話を聞く機会があれば、その一杯には語られない物語が宿っていることを感じていただけると思います。

結びに
私たちが守ってきたこの山場は、ただの農地ではありません。先祖たちの汗と祈り、自然への敬意、そして未来への責任が刻まれた、かけがえのない土地です。
正岩茶の真価は、単なる味や香りを超えた、歴史と風土との対話の中にあります。もし機会があれば、ぜひ一度、私たちの山から生まれたお茶を味わってみてください。その一口に、百年を超える静かな物語が宿っていることを、きっと感じていただけるはずです。